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長崎地方裁判所 昭和27年(行)6号 判決

原告 中村農夫

被告 長崎県農業委員会・口之津町農業委員会・長崎県知事

一、主  文

原告の本件訴中、被告長崎県農業委員会が昭和二十四年三月八日になした長崎県南高来郡口之津町大字早崎名池下乙千五百二番、田四畝五歩は買収すべき農地に該当する旨の認定及び同日付で被告口之津町農業委員会に対してなした該農地の買収計画を樹立すべき旨の裁決並びに同指示が、いずれも無効であることの確認を求める部分を却下する。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

二、事  実

原告は、請求の趣旨として(一)主文第一項掲記の認定及び裁決並びに指示(二)被告長崎県農業委員会が昭和二十四年八月九日になした右農地買収計画に対する原告の訴願を棄却する旨の裁決(三)被告長崎県知事が同年七月二日付でなした右農地に対する買収令書の交付による買収処分がいずれも無効であることを確認する。(四)被告口之津町農業委員会が昭和二十三年十一月十三日なした右農地に対する買収計画を樹立しない旨の決定が有効であることを確認する。(五)原告が右農地につき耕作権を有することを確認する。(六)訴訟費用は被告等の負担とする。との判決を求め、その請求の原因として、(一)原告は、昭和二十一年七月外地(中華民国南京)から引揚げたものであるが、原告の家族は、これより先昭和二十年三月南京より係争農地の所在する口之津町に帰郷し、その実家長野十郎方に身を寄せ、同人の管理の下で専ら農耕にはげみ、原告も亦、帰農すべき意図の下に、既に現地を出発して帰途についたけれども、途中終戦となり、その混乱のため不本意ながら帰国遷延のやむなきに至り辛うじて前記日時頃郷里の口之津町へ帰郷し、以来農業に専従して今日に及んでいるものである。従つて、自作農創設特別措置法(以下単に自創法と略称す。)の定める買収基準時たる昭和二十年十一月二十三日現在において、原告は、本件農地の所在区域たる口之津町にその住所を有していたものというべきのみならず、右長野十郎は、昭和二十年の夏、原告が将来帰農することを予期して、本件農地の小作人たる訴外本多元喜に対し、該小作地の返還方を申入れ、同人もこれを承諾していたので、原告は帰郷後、元喜の相続人本多元春と合意の上、従来からの小作契約を解除し、元春において本件農地を昭和二十一年末迄に返還するよう約束した。そこで、原告は昭和二十二年五月麦収穫後本件小作地の返還をうけ、爾来その自作を始めたわけであるが、該農地は高段階地のため屡々崖崩れがおこつたため、原告は右小作人が修復に要した費用の半額を負担してやつたこともあり、又自ら、数次に亘り人夫を入れて修繕したり等、鋭意水田の保水並びに地力の向上に努めてきた。ところが昭和二十三年十一月に至つて、前記小作人本多元春は被告口之津町農業委員会(以下単に町農業委員会と略称す。)に対し本件農地につき、遡及買収計画を定むべきよう請求した。然しながら同委員会では同年十一月十三日頃、第三十二回及び第三十三回委員会を開いて審議をとげた結果、前記合意解約を適法かつ正当なものと認め請求の趣旨(四)記載の如く遡及買収除外の決定をなすと共に、小作人からの前記請求を却下した。そこで同人は被告長崎県農業委員会(以下単に県農業委員会と略称す。)に対し自創法第六条の三にいわゆる遡及買収の指示方を請求したところ、被告県農業委員会は、町農業委員会の前記決定をくつがえし、請求の趣旨(一)記載の如く、昭和二十四年三月八日付で、本件農地は自創法第三条第一項第一号の規定する不在地主の小作地に該当するものであると認定し、同日付右農地につき買収計画を定むべき旨を裁決した上、被告町農業委員会に対しその旨の指示をした。然しながら、右認定及び裁決並びに指示は、前述のように、原告が買収の基準時本件農地の所在地に在村しているという事実及び小作人との間に適法且正当な合意解約がなされているという事実を無視しているばかりでなく、しかも右は県農業委員会の審議裁決の結果に基ずくものではなく、同委員会事務局係員が勝手に、上記小作人と通謀して、裁決書を作成し、県農業委員会の名義を詐称して行つたものである。従つて、かゝる認定並びに裁決、指示は、それ自体当然無効たるを免れ得るものではない。(二)然るに前記県農業委員会事務局は、被告町農業委員会に対し、叙上の裁決指示は絶対的なもので、これに反することは許されない旨指令したので、同町農業委員会ではその指示通りの買収計画を同年五月十四日に樹立した。そこで原告は早速同町農業委員会に異議を申立てたところ、却下されたので、更に同年六月二十一日被告県農業委員会に対し、訴願の提起に及んだわけであるが、被告県農業委員会においても、請求の趣旨(二)記載の如く、同年八月九日付で訴願を棄却する旨裁決し、該裁決書を同年八月二十七日頃原告に交付した。然しながらその裁決書記載の日時には、同委員会は開催されておらず、又その特別委員会も同様開かれた事実はないのであるから、右は到底適法な県農業委員会の裁決と認めることはできない。又仮りに県農業委員会第一特別委員会において本件訴願の裁決があつたとしても、それはあくまで特別委員会の決定たるにとゞまり、県農業委員会の裁決といい難いのは勿論、その後本委員会に附託された事実は存しないから、従つて、前述訴願棄却の裁決は、以上何れの点からするも当然無効たるを免れ得ないことは明である。(三)然るに一方被告町農業委員会は同年六月二十六日、県農業委員会に対し、本件農地に関する前記買収計画の承認方を申請し、被告県農業委員会は同年七月二日、該買収計画を一括承認し、被告長崎県知事は、右承認に基き、請求の趣旨(三)記載の如く同日付で、買収令書の交付による買収処分をなし、令書は同年八月三十一日原告に交付された。然しながら、大体農地買収計画につき訴願の提起があつた場合には、これに対する裁決後、初めて県農業委員会としては、町農業委員会の樹立した買収計画の承認を為すを得べく、訴願繋属中かような承認をなし得ないこと論を俟たないところであるが、本件において被告県農業委員会は、原告から前述のように訴願が提起されている事実を看過し、漫然と一括承認を与えているのであるから、かゝる承認行為は、法律上重大且明白な瑕疵があるものとして当然無効というべく、承認にして無効とすれば前記長崎県知事がなした買収令書の交付による本件買収処分は、適法な承認に基ずかずしてなされたことに帰し、従つてこれ亦当然無効の処分といわざるを得ない。(四)而して叙上の処分にして当然無効であるとすればこれに先立ち、被告町農業委員会が昭和二十三年十一月十三日になした前記遡及買収除外決定は依然その効力を存続することとなり、又原告はなお本件農地の耕作権者であるこというまでもないのであるから、ここに原告は請求の趣旨記載通りの判決を求めるため、本訴請求に及んだと陳述し、被告等の答弁に対し、農地についての遡及買収手続は、県農業委員会の指示を起点として開始され、町農業委員会は同指示に絶対服従しなければならず、これに後行する手続行為全部が支配されることになるのであるから、従つて請求の趣旨(一)記載の認定、裁決、指示はいずれも行政処分と認むべきことは、けだし当然といわねばならない。又被告は前記買収計画の承認は将来訴願が棄却されることを停止条件としてなされたものであると主張するが、本来承認行為には、法律の認める場合を除き条件を附することを許さないのが原則であり、仮りにこれを許すとしても、外部に対してその旨明示することを必要とするのである。然るに被告県農業委員会は、承認行為に法律上許容されていない条件を附し、しかも、外部に対しその旨の公示をもなさないのであるから、それは当然無効というべく、又仮りにこれを有効視するとしても、その条件たる訴願棄却の裁決自体が当然無効であること前記のとおりである以上は、矢張り適法且つ有効な承認がなかつたという結論には何らのかわりはない。と附陳した(立証省略)。

被告等指定代理人は、答弁として、「原告の請求を棄却する」「訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、請求の趣旨(一)記載の如き買収農地該当の認定、裁決並びに買収計画樹立方の指示は、単に行政庁の内部的な意思決定、又は行政庁相互間の内部的意思表示の関係であつて、これにより直接第三者の権利関係には何らの変動を及ぼすものではないから、行政事件訴訟の対象となるいわゆる行政処分には該当しないと認めるのが相当である。従つてこれを行政庁の処分と認め、その無効確認を求める原告の右主張はそれ自体理由がないと述べ、次で請求原因事実中、被告町農業委員会が昭和二十三年十一月十三日請求の趣旨(四)記載の如き買収除外の決定をなしたこと、被告県農業委員会が、昭和二十四年三月八日、被告町農業委員会に対し、本件農地につき遡及買収計画を定めるべき旨を指示したこと、被告町農業委員会が、原告主張の日時、その主張の如き買収計画を樹立しこれが承認方を被告県農業委員会に申請し、同県農業委員会が、同年七月二日付でこれに承認を与えたこと(但しそれは後記の如き条件附承認である)被告長崎県知事が買収期日を同年七月二日と定め、買収令書の交付による買収処分をなし、該令書が同年八月三十一日原告に交付されたこと、及び原告が昭和二十二年五月麦収穫後から本件買収処分に至るまで係争農地を自作していたことは何れもこれを認めるが、その余は全部これを争う。すなわち前記買収計画の承認は、将来における訴願棄却の裁決を停止条件としたものであるところ、原告の提起に係る前記訴願については、同年八月十日頃被告県農業委員会の授権により、その第一特別委員会において審理を遂げた結果、訴願棄却を相当とする旨を決議し、更に同年八月二十六日に本委員会に上程して、その旨可決され、これに基ずいて裁決書が作成され、翌二十七日原告に対して、その旨の裁決書が交付された次第である。従つて、本件訴願棄却の裁決及び前記買収計画の承認行為には何らの瑕疵はなく何れも適法且有効になされたものということができる。尤も右裁決書には、裁決の日時が、同年八月九日と記載されているが、しかしこれは単なる記載上の誤りであつて、これがため、裁決自体の効力には何らの影響がないものというべく、被告長崎県知事は、叙上訴願棄却の裁決並びに承認を経た後、同年八月三十一日本件買収令書を原告に交付して買収処分をなしたこと前述のとおりであるから、同買収令書の交付による買収処分も亦適法で何らの瑕疵も存しない。然るときは原告の本訴請求は爾余の判断を俟たず理由のないことが明であるから、到底棄却を免れないものである。と陳述した(立証省略)。

三、理  由

先ず、請求の趣旨(一)に記載する、買収農地該当の認定及び遡及買収計画を樹立すべき旨の裁決並びに同指示について考えるのに、右は単に行政庁の内部的意思決定であるか、又は行政庁相互間の内部的な意思表示に過ぎないものであつて、国民に対し、対外的に表示されるものでもなければ、又これがため直接第三者の権利義務に何らの変動を及ぼすものでもないから、これは行政事件訴訟の対象となるいわゆる行政庁の処分には該当しないと認めるのが相当である。それでその無効確認を求める本訴は、それ自体失当として却下を免れない。

次に被告県農業委員会のなした、訴願棄却の裁決に、果して原告主張の如き、無効原因たる瑕疵が存するか否かについて調べる。原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、原告は、昭和二十一年七月南京から引揚げてきたが、これより先原告の家族は昭和二十年三月係争農地の所在する口之津町に帰郷し、農耕に従事していたこと及び原告も亦帰農すべき意図の下に既に出発の準備を進めていたところ、計らずも終戦となり、不本意ながら帰国が遷延していた事情を認めることができるのであつて、これらの諸事情から推すならば、買収の基準時である昭和二十年十一月二十三日当時、原告の住所は既に口之津町に在つたものと認めるのが相当であるから、従つて本件農地を不在地主の所有する小作地と認めて樹立された買収計画は違法であり、引いては右計画に対する訴願を棄却した本件裁決も亦違法の瑕疵があつたと認め得ないではない。然しながら一方、前記買収の基準時、原告が中華民国に抑留中であつたことは明であり、証人寺本勝、本多元春の各証言に弁論の全趣旨を綜合すると、これに先立つて引揚げてきた原告の妻子はその実家長野十郎方に身を寄せ、その管理の下に手伝程度の農耕に従事していたに過ぎなかつた事実が認められるから、叙上の諸事情をも参酌して考えるときは、前記違法の瑕疵は、これを以て当然買収計画を無効たらしめるものとはいえず、従つてまた、本件訴願棄却の裁決に当然無効原因たる瑕疵があるものとは認め難い。又原告は、その後本件農地は小作人本多元春との間の合意解約によつて返還を受け、爾来原告において自作していたものであり、右合意解約は適法且相当であつたから、係争農地遡及買収計画は当然無効であるというけれども、合意解約が相当であつた事実を確認するに足る証拠がないばかりでなく、弁論の全趣旨に照して明かな如く、右解約については県知事の許可がなかつたという事情を参酌して考えるとき、本件遡及買収計画は当然無効のものと認めることはできない。而して証人関寛之の証言により真正に成立したものと認められる乙第三号証に右証言、証人寺本勝、岩崎清の証言を綜合すると、原告の提起に係る訴願については、昭和二十四年八月九日頃、県農業委員会の第一特別委員会において審議の結果、これを棄却するを相当とする旨の決議があり、続いて本会議に上程され、同年八月二十六日頃第一特別委員会の決議どおり可決されたことが認められるから、本件訴願棄却の裁決を目し、当然無効としてその確認を求める原告の請求は、これを採用するに由なきものといわざるを得ない。尤も成立に争のない甲第八号証によれば、訴願棄却の裁決の日時が、昭和二十四年八月九日と記載されていることが明であるけれども、証人岩崎清の証言によれば、当時県農業委員会には一万件に上る案件が山積していた事情が認められるから、かように輻輳した事務を少数の係員を以て、短期日間に処理しなければならなかつた関係上、誤つて記載されたものと認めるを相当とすべく、もとより、これだけの瑕疵により、右裁決を無効視し得ないことは明である。

そこで更に進んで買収令書の交付による本件買収処分の効力について考えてみることとする。被告長崎県知事が、被告県農業委員会の昭和二十四年七月二日なした本件買収計画の承認に基き、同日付で、本件農地を買収すべき旨の買収令書を発行し、同年八月三十一日これを原告に交付したことはいずれも当時者間に争のないところであり、原告は右承認は、原告の提起に係る前記訴願を無視し、その裁決前になされた違法があるから、従つてこれに基く買収処分は当然無効たるを免れないという。勿論県農業委員会の農地買収計画に対する承認が、訴願裁決に先立つてなされた場合には、これに基ずく買収処分は違法たるを免れない筋合であるけれども、しかし右の瑕疵は、当該買収処分を当然無効たらしめるものではないと解するのが相当である。然も証人末続正義、寺本勝、岩崎清の各証言を綜合すれば、被告県農業委員会のなした承認は、将来訴願棄却の裁決のあることを条件としてなされたことが認められるのであつて、条件附承認行為を当然無効とすべき理論的根拠はないから、本件承認行為を無効とする原告の主張は理由がなく、従つてこれに基ずく本件買収処分を目し、当然無効と認むべきいわれはない。尤も買収令書の交付による買収処分が、訴願裁決前になされたとすれば、また別論であるが、しかし買収処分は、買収令書の交付によつて初めてその効力を生ずるものであるから、原告主張の如く、仮りに訴願棄却の裁決に先立ち既に令書が発行され、市町村農業委員会に対し交付方の嘱託がなされていたとしても、令書がその後の八月三十一日に交付された以上、この瑕疵は本件買収処分を当然無効たらしむるものでないと解するのが相当である。然るときは請求の趣旨(四)及び(五)として記載する原告の各請求は、その前提自体が成立しないことになる結果、これ亦理由なきものといわねばならない。

よつて請求の趣旨(一)については訴を却下し、その余の請求についてはこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 林善助 入江啓七郎 広木重喜)

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